映画のシューレ

ジャン=リュック・ゴダール『女は女である』(1961)

  • 小説の章立てがあり、章の中は箇条書きで書かれているような構成で映画が進んでいくと感じた → 序破急はちゃんとある。
    物語の余白は多い。
  • 6:50〜6:56の変身のマジック(1回目)
    柱を通ると衣裳が変わるのと同時に、カメラがイメージラインを挟んで百八十度反対の位置に移動
    10:42〜10:44の変身のマジック(2回目)
    柱を通ると衣裳が変身
    ここでもカメラはイメージラインに対して線対称な位置へ。
    11:25〜11:27では柱を通るが変身はしない→弄ばれているような気持ちになった
  • ミュージカル的に音を流しながら撮影しているシーンもあるのでは?
  • 色彩の豊かさ 赤と青と白
  • 28:02 もしかしたらNGカットをそのまま使っているのでは?
    あとこのシーンの涙が顔面にあまりにも散らばりすぎている → 号泣or嘘泣き(水道で顔に水を思いっきりかけたり)
  • 物語全体で、室内シーンは天井が映っていない
    アオリ構図が無い
  • 効果音の付け方
  • 63:23〜66:26 他のシーンと比べると重みがある
    他のシーンの軽さ
  • 76:07〜76:54の小走りのおじいさんは何かの象徴?
    このシーンは一体何?
    76:54のエミールが窓を閉じるショットで彼が小走りのおじさんを見ている事が分かる
  • 78:47〜79:15 ここでカメラがエミールになり、アンジェラと会話をしている
    しかしエミールがカメラの前を横切ることによって(79:15)、唐突にカメラはエミールでは無くなってしまう
  • この映画の建物、室内に柱がとても多い